首輪は自由の証か?
犬の事をまるで知らずにただ恐れるだけの不幸な人のために、朝夕の散歩の時にはリードという物に犬達をつないで散歩に出なくてはならない決まり事が決められている。それは犬と人の立場に上下をつけてしまい、互いに莫大なストレスが生じる物であって、そんなやり方で犬を制することには、人の子供を育てるのと何一つ変わらない感覚で「しつけ」をしている我が家ではホトホト嫌気がさしている。ましてや、家族として迎えたのなら、わざわざ人様にお金を払って大切な我が子を預けてしつけをしてもらうのもおかしな話しだ。
犬種にもよるのだろうが、頭の良い犬あればリードでつながなくても、常に一緒に生活している人が愛を持って接している限り、互いに絶対的な信頼関係が成り立つのはまったくもって普通であり、ポーリーの場合で言えば、たとえよその犬と道ばたで出遇っても、必ずある程度の離れた距離を保っていて、こちらから一声呼べば、必ずトトトっと戻ってくる。それに、ポーリーは人の事(ちょっかいさえ出さなければ、)には、まったく目もくれず気にもしていなく、興味があるのは目の前の草にかかったよその犬の匂いだけなのに、そこに通りがかるだけの人は、いま流行のキレる大人になり、うちの犬達よりもよく吠えてくる。
まだ9ヶ月でしつけ中のロボは、人の子にしたら10才でケンと同じ小学生になる。その男の子たちは活発でいちいちすることに意味等はなく戯れて、それは、発電ができそうなくらいに体からもの凄いエネルギーを溢れるように発していて何かの有効活用できないかとも思うぐらいだ。
散歩の時に、ただ単に走り回りたいだけのロボは、酸欠でベロが紫色になるまで引っ張るもんで、鎖でつなぐ事が非情に申し訳なく思ってしまう。いつの日か必ず、ポーリーとロボと一緒に狭い都会の古ぼけた檻を抜け出して、自然と共にある自由なスタイルのなかでの暮らしを目標にしている。
そう狼煙はもう昇り始めているのだ。

A
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