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2008年5月

2008/05/29

オヤジにゴン

叔父のところにいる黒のラブラドールの「ゴン」は、隠した千円札を探し見つけだすのが得意で、家の中や外に隠しても必ず見つけると、いつも酔っぱらっているオヤジ(父)は 犬の話しになるといつも自慢げにその話しをおれにする。
そんなゴンはオヤジのことが大好きみたいだ。「あいつはおれのことダチかなんかだと思っておるがな」っと、オヤジも嬉しそうに言っている。ふたりは相思相愛だ。
ポーリーが家にきたばかりの頃で、オヤジと一緒に田舎へ行った時。先に帰るおれとオヤジが乗るジープを、長野との県境の山深い風景の中、叔父の呼び止める声にも聞かず、走って追いかけてくるゴンの姿がジープのバックミラー越しに小さく映り印象的だった。ゴンは本当にオヤジの事が好きなんだと、そして、そこまで犬に好かれる人間におれもなりたいと思った。べつにオヤジを褒めている訳ではなく、ただ犬の純粋さに感動しただけだ。


Poballeat_2



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2008/05/25

LOBOとの出会い

まず、このロボが我がファミリーと出会う事になるまでに、色々な人々の大変な努力があったことに
感謝の気持ちを捧げたい。
いつでも里親募集

何かの良い物事が決まる「時」にはあっという間に決まっていく。

犬をもう1頭迎える多頭飼いにあたっては、先住犬との関係にかなりの気を使わなければならない。ましてや、先住犬がなかなかどうして、ポーリーみたいに公園で集まっている犬達の輪に蹴散らし割って入り、ドカっと腰を下ろしてその主人達に自分がかわいがってもらわないとふてくされるような、お姫様的性格の(繊細な!?)犬ならば特にだ。
もうひとつ心配だった事は、いずれやってくるだろうと思われる世代交代というやつで、犬達の間に「そのとき」が来た時には、主人もそれを受け入れなければ犬同士の関係に混乱が起きるという聞いた話。同性同士に多く見られるらしく、ハスキーとサモエド、グリーンランドドッグ等の血を受け継いだ雌の子犬をいただける話しも進んでいたが、悩みに悩んだ結果、犬種の違いと雌同士になるポーリーとの関係がどうしても引っかかり、丁重にお断りさせてもらった。なるべく争いを避けるようにするためには、次の迎える犬は同じ様な犬種で、雄にした方が良さそうなのではないかという結論に達したところで、子犬を迎えようとするという事からしばらくの間、遠ざかっていた。

そして、突然、新しい家族を迎える事になった。

東京のほうでレトリバーの血を受け継いだ子犬が生まれた情報を頂き、すぐにオヤジに車を借りて走らせた。もちろん、ポーリーも一緒である。運転しながら、必ず助手席のかみさんの膝の上に乗るポーリーの横顔をチラチラ見ながら、連れて帰ることになったらポーリーはなんて思うかなと、みんなで話しながら環七を北上した。

心良く出迎えてくれた里親の方の所にはたくさんの犬達がいた。日陰にはパピー達がゴロゴロしていた。

父「ホクト」ゴールデンレトリバーと母は小柄な「シーちゃん」の子供たちは5頭生まれていた。ポーリーのように黒毛と白模様の子供が3頭生まれて、うち1頭の女の子は偶然にも我が家から近くの家族に引き取られた。黒と茶色の縞模様がまざったの男の兄弟2頭が生まれていて、もう1頭はどこか海沿いの方にもらわれていったそうだ。


Hkt「ホクト」
Si「シーちゃん」
Lobro「兄弟姉妹」


直感で気になったのは縞模様が変わっていて、里親さんのところでは「タイガー」っと、呼ばれていた子犬だった。見るからに大きな4つ足で「この子犬は大きくなる」といっていた。そのタイガーを連れて帰ることにした。

子犬も決まってそろそろ帰ろうかなという時に、母親のシーちゃんがうちの家族ひとりずつに「この子をよろしく」とボディランゲージをしてきたことが印象的だった。
秋になる前の良くはれた暑い日のことだった。

Lobby

「ロボが家にきた時」
家に来た頃、ロボはポーリーに冷たくされていた。そんなポーリーの態度に対して普段あまり怒らないカミサンが、真剣に叱った時から、ポーリーはロボに対しての態度が変わった。怒らなくなり、我慢するようになった。そのかわり最近じゃ、ポーリーはよく「いじけるイヌ」になった。それでも楽しく遊ぶし、いないと心配したりもするしで、良しとしよう。


Lobo8

" LOBO "

その昔、アメリカ大陸にて侵略者の白人ハンターたちに最後まで抵抗した
勇敢なオオカミの名前からいただいた。
*シートン動物記「オオカミ王ロボ」
Lobo=スペイン語でオオカミの意味

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2008/05/24

Grateful Dog Movie 2

またまた作ってしまいました。
「グレイトフルドッグ ムービー 2」
自己満足ですみません。
ワンニャン好きの皆さん、おつきあいください。
(4分22秒)




Music by  PHISH
Round Room 「All of These Dreams」


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2008/05/18

ロボと海

ロボは今日初めての海へと出かけた。
1時間かからないで海まで行けるけど、ロボにとってこれだけの時間車に乗るのも初めて。いつも車に乗るときは隣の駅の動物病院に行く時の10分程度で、それすら嫌がり車に乗ろうとしないから、この時ばかりは、リードで無理矢理ひきずり悪態をつきながら乱暴に抱きかかえて車に放り込む。それに比べてポーリーは、おいていかれないように焦って、ドアが閉まっていても窓さえ開いていればジャンプをして乗り込もうとする。さいわいこのおれが、多少の傷や色あせ、錆びがあるくらいの車の方が「味」があって良く好む方で、毎週のように車を洗い磨くタイプの男ではないことと、かみさんの神のような一言、「実用性重視だ」論にて、イヌが車に飛びついてボディに傷が付こうが、買ったばかりの15年前の中古車の割にはきれいなシートにイヌの抜け毛や足跡がつこうが、海に到着寸前にそれまで車酔いはなく平気だったロボにうっかり水をあげてしまって車の中で吐こうが、砂浜で戯れて寝転がり穴を掘りおおはしゃぎのイヌ達に付いた砂の小さな粒が車内に落ちているのなんか全く見えなくなって、おれは悟り、なにも気にしなくなり、そこには何もなくなり「無」になった。
さて、ロボはといえば、やはり水を怖がり波打ち際にすらまったく近づこうとしない。慣れればロボの事だから楽しめるようにはなるだろうと思う。
その様子は、今作っている「グレイトフル ドッグ ムービー 2」にて、見てもらえたらばうれしいと思っている。近日公開。

Loslp

人の枕を奪って眠る ロボ


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2008/05/17

NORTH LAND

North_dog

そろそろノースランドに行く季節。
ノースファンの皆さん、ノースで会ったらよろしく。
ロボはノースデビューなのである。
NORTH LAND


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2008/05/11

Grateful Dog Movie

ポーリーとロボの走り回る姿を録画して、大好きなグレイトフルデッドの曲「US BLUES」をつけたムービー。画像は圧縮されてあまり良くないけれど、我が家の犬達の楽しそうな姿が観れます。(5分19秒)




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2008/05/10

雲助と猫 

インディアンフルート奏者earthlodge 船木卓也氏
のブログ「風の言葉」の「江ノ島猫事情」によると、あの頃と変わらず、いまでも江ノ島には猫たちがのんびり暮らしているようだ。
それは20年前、健全な(!?)真夜中のバイク仲間達とよく行った江ノ島は、島の海側がまだ観光地化されていなく、立ち入り禁止の洞窟の奥には蛇を祀った不気味な祠があったことと、島にはたくさんの猫がいたことが印象的だったことをおぼえている。

さて、こちらの猫事情と言えば、会社の敷地に住み着いている猫たちのことだ。
5年前に横浜へ引っ越して来てから今日まで、自宅近くの会社で大型タンクローリーの輪っぱを握り、西や東に飛び回り生活費を稼がしてもらっている。雲助稼業というやつ。その会社の敷地の前、道路挟んで川、後ろは小高く林があり、周りには畑ありで、そんな環境は横浜でも田舎な感じがしていて心地よかったりもする。敷地には代々ノラ猫達が住み着いている。今住み着いているのは、白黒の牛みたいなカラーのメスの「おやぶん」と、その「むすめ」を先頭に約7,8匹ほどの猫たち。ここ最近、見慣れない顔の奴も増えた。新入りや下っ端は「おやぶん」が食べ終わるまで食べ物にありつけず、そばでじっと待っている。
猫たちは天気の良い日には雲助達の大切にしているピカピカの愛車の上でひなたぼっこをしている。この前は止めてあるドイツの高級車のボンネット上についている猫の泥の足跡を発見。たどっていくと足跡が途中でズルッとのびてくっついている。すべったんだろう、大笑いだ。文句を言っていた車の持ち主は、その後、猫避けに水の入ったペットボトルを車の上に置いているけど。効き目無し。そんなことからミーティングの時に雲助達から猫に対するかなりのブーイングが出た。「食べ物をあげるから猫が住み着くからあげてはいけない」ということに決まった。しかし次の日には腹をすかしてよってくる猫たちに負けて、雲助のおっちゃん達は食べ物をあげていた。
その後こんなことがあった。いつも飢えている猫たちが雲助のおっちゃんたちに食べ物をもらっている場所に、1匹のザリガニの死体が置いてあった。それはおっちゃん達へ、との、猫達からの贈り物だった。

2年位前に事務所の経理の奴が、うまれた子猫3匹を暑い夏の日に鉄でできた四角いトラックのタイヤ止めの中に閉じ込めて殺した。その後、奴は顔の色がどんどん悪く変わっていき、ナントカって言う病気を理由に会社を辞めた。休憩室でのおっちゃんたちのうわさ話では、猫の祟りだと言っている。
その当時、良い歳のじいさん社長はアメパチで猫を狙っていたし、そのせがれは生まれた子猫をゴミのビニール袋に入れて車でどこかへ連れて行っていたりで、仕事もろくにせずに何の罪もない猫たちをよくいじめていた。その後、会社は倒産して、大きな会社に雲助のおっちゃん達とトラック数台まるごと引き取られて、会社とトラックは新しくなって、どんぶり勘定の給料計算がなくなり、そのような猫をいじめるような奴ら消えるようにいなくなった。これも全部猫の祟りだ。

つづく

C

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2008/05/07

心の変化の時

Kenpl

Kpolo

比較的毎晩よく見られる我が家の夕食後の光景。

「犬ととり結ぶ友情の温かさを知らずにいる人は、人生の大いなる楽しみのひとつを逃しているのではないか、そういってしまいたい。」
 藤門 弘 著/新愛犬講座 ポチの結論 小学館 から

・・・・まったくもってそのとうりで、今はあたかも肩書きに「犬好き」と、うたいたくなるこんなおれは、何を隠そう犬嫌いだったのだ。まさに人生の大いなる楽しみのひとつを逃していたのだった。
そのきっかけは、小学生の低学年の頃に起こった。近道をしようと思って勝手に近所の農家の畑の中から庭を通って、反対側の通りに抜け出ようとしたときに、そこにいた小さな番犬が勢い良く出てきて飛びかかられ、腿の裏を噛まれて泣きながら祖母のお店まで歩いて帰った嫌な記憶があり、それから25年、このおれの小さな心はトラウマというやつで、犬が苦手になった。犬とのコミニケーションは全く無くなり、犬を見る事さえしなくなった。
道の途中に犬がいる時には何とも言えない感覚で心の中が不安になり、なるべく関わらないようにして通り過ぎようとしていた。そんな時の犬という奴はこちらの不安な心を読み取り、人を馬鹿にしたように吠える奴もいたりで、いまとはまるで違う自分に今では懐かしい感じだ。
ポーリーと出会う事により、そのトラウマは夜中の霧が太陽が登ると同時にどんどん晴れて行くような朝の日のように、心の中からすうっと消えていった。
犬と共に暮らし、犬のことを知る事により、犬がどんなに素晴らしい動物かということを学んだ。
何に感謝していいのかわからないけど、
何かに感謝したい、救われた気分だ。


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2008/05/06

消されていく小さな命たち

P_seaふとしたきっかけで覗いた彼女のブログももの幸せ日記で私は大きなショックを受けました。毎日毎日たくさんの命が、必要ないとされ、ボタン一つで苦しみながら消されている現実。 本当は、まったく知らなかった訳ではなかった。ただ、目をそむけていた。彼女のブログに載せられた写真の犬達(写真はないけどもちろん猫も)は皆とても純粋な目をして、人間を信じて、幼い子犬達、母犬の温もりを感じる間もなかったであろうヘソの尾がついたままの子。どうゆう気持ちでこの子達をここへ連れて来たのか。ここへ連れて来られたこの子達をまっているのは、死。安楽死ではない、苦痛死。 なんとなくわかっていても深く知ろうとはしなかったこの事実に、言葉にならない感情が込み上げてきます。私の様な人間を含む沢山の人にこの現実を知ってほしい。人間はどこまで荒んでしまうのでしょうか。この世に生を受けても、生きることは許されなかった沢山の小さな命の為に、すこしでも多くの人達にこの事実を知ってもらいたいと思います。偉そうなことは言えないけれど、命の重さはけして比べられるものではないと思うし、どんな命の前でも人間の方が優位であるはずはないでしょう。もういちど命について考えてみたい。そして、この様な、人間の身勝手で消されてゆく命を、少しでも早くなくす為に、今、自分には何が出来るのか。私達にとってかけがえのない家族である四本足を持つ小さな命のために。私の心を大きく揺さぶったこのブログは、この様な命をなくす為に、人間に見捨てられた犬達を本当の家族になれる方と巡り合うまで、一時預かり、保護している方が書いたものです。”ももの幸せ日記”内『家族を待てない犬たち 1.2』は、センターでの処分見学レポートです。とてもつらい内容ですが、このような現実があることを多くの方が知ることで、今の状況は少しずつでもよい方向に向かうのではないかと思います。私たちにとってかけがえのない家族である四本足を持つ小さな命のために。 Eiko







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2008/05/05

犬と人

ネイティブアメリカンの精神世界では、犬に対して、どんな考え方だったか気になるところであったとき、
北山耕平氏のブログ「Native Heart」にて記事があったのでここに紹介させてもらいます。

亀の島(先史アメリカ)のサウスウエストの住民にとってイヌは友だち以上のスピリチュアルな存在だった:






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ポーリーの誕生日



Pomother016


里親さんにもらったポーリーが生まれたときの写真。
母親はポーリーに似ていて美人さんだ。
そして、生まれたばかりの子供達。
どれだかわからんが、この中にポーリーがいる。
無事に生まれてきた事、
生んでくれた事に感謝をしている。
今日はポーリーの5年目の誕生日である。


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2008/05/04

首輪は自由の証か?

犬の事をまるで知らずにただ恐れるだけの不幸な人のために、朝夕の散歩の時にはリードという物に犬達をつないで散歩に出なくてはならない決まり事が決められている。それは犬と人の立場に上下をつけてしまい、互いに莫大なストレスが生じる物であって、そんなやり方で犬を制することには、人の子供を育てるのと何一つ変わらない感覚で「しつけ」をしている我が家ではホトホト嫌気がさしている。ましてや、家族として迎えたのなら、わざわざ人様にお金を払って大切な我が子を預けてしつけをしてもらうのもおかしな話しだ。

犬種にもよるのだろうが、頭の良い犬あればリードでつながなくても、常に一緒に生活している人が愛を持って接している限り、互いに絶対的な信頼関係が成り立つのはまったくもって普通であり、ポーリーの場合で言えば、たとえよその犬と道ばたで出遇っても、必ずある程度の離れた距離を保っていて、こちらから一声呼べば、必ずトトトっと戻ってくる。それに、ポーリーは人の事(ちょっかいさえ出さなければ、)には、まったく目もくれず気にもしていなく、興味があるのは目の前の草にかかったよその犬の匂いだけなのに、そこに通りがかるだけの人は、いま流行のキレる大人になり、うちの犬達よりもよく吠えてくる。

まだ9ヶ月でしつけ中のロボは、人の子にしたら10才でケンと同じ小学生になる。その男の子たちは活発でいちいちすることに意味等はなく戯れて、それは、発電ができそうなくらいに体からもの凄いエネルギーを溢れるように発していて何かの有効活用できないかとも思うぐらいだ。
散歩の時に、ただ単に走り回りたいだけのロボは、酸欠でベロが紫色になるまで引っ張るもんで、鎖でつなぐ事が非情に申し訳なく思ってしまう。いつの日か必ず、ポーリーとロボと一緒に狭い都会の古ぼけた檻を抜け出して、自然と共にある自由なスタイルのなかでの暮らしを目標にしている。
そう狼煙はもう昇り始めているのだ。


Lofreedom



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2008/05/03

Thrlller

うちらの年代は爆笑!?
アルヤンコピックよりおもしろいし、ウガンダとらをおもいだしたよ。
マイケルジャクソンの「スリラー」のパロディ!?
「Indian Thrlller」
YOU TUBEにて。
チープでおもしろい。


J







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